墓守編

 彼は言う。

「返してもらう」

 男は笑う。

「どうやって?」

 

 

 東藤が一人、小さな、街の霊園を訪れたのには訳がある。この町の、この霊園だからこそ、意味があった。

 

 この霊園は寺社仏閣や教会、或いは市や県が運営しているものではなく、町の中程にある丘の上に、いつの間にかそこにあり、そして常に墓守だけが居る霊園であった。それでも、この町の多くの家、多くの人が、この霊園に墓地を持っていて、だからこそこの霊園は、町の誰もが知っている場所だった。

 ただ、墓守が【誰】なのか、誰も知らないだけで。

 

 寒い冬の日である。

 東藤は黒いコートに身を包み、霊園の入り口に立っている。

 と、霊園の入り口側、墓守が暮らす小さな小屋から、一人の男が現れ、東藤の前に立った。

「来る頃だと思っていましたよ」

 男が言うと、東藤は眉目を寄せて顔を顰めた。男――墓守は薄らと笑う。

「寒いでしょう。どうぞ、中へ」

 墓守が促すと、東藤はそれに従い、小屋に入った。

 小さな小屋には小さな明かりが灯っており、ぼんやりとした色合いが広がっている。

 墓守が椅子を勧め、東藤が腰を下ろすと、墓守は小さな、むしろ給湯室とでも言うべき小ささのキッチンでコーヒーを入れ始める。

「……またコーヒーの期限が切れてるな」

 インスタントコーヒーの瓶を見て、苦笑しながら墓守が告げる。

「茶を飲みに来たわけじゃない」

 苛苛とした口調の東藤は、ただ一言そう返す。

 墓守は一度振り向いて柔らかく笑むと、では白湯を、と呟く。やがて湯気立つ湯飲みが小さなテーブルの上に置かれ、東藤の向かいの椅子に、墓守は腰掛けた。

 東藤は出された白湯を一口口に含むと、その後すぐに湯飲みの中身を飲み干した。

 墓守はその様を穏やかに見つめ、

「別に、毒など入れてないんですけれど」

 そう言うと、己の湯飲みを傾ける。一口で毒見をし、その後に、恐らくすぐに用件に入るために飲み干したのだろうと推察してのことだった。もちろん、墓守のその推察は正しい。

 意識してのんびりと白湯を飲む墓守に、東藤は苛立っていた。

 

 そんな悠長な時間はない。

 

 東藤は言う。

「返してもらう」

 墓守は笑う。

「何を、どうやって?」

 

「その鱗を。彼女に返してもらう」

 静かに怒りさえ滲ませて東藤が告げれば、墓守は穏やかな表情から一転、冷たい笑みに変わる。

 東藤が射抜かれたように背筋を伸ばすと、また墓守は穏やかに笑った。

「それは、わがままでしょう、東藤さん」

 

「何がわがままだ。今更だろう。俺が『彼女』を護ると決めた。逃げ出した先くらい、護ってみせると。でなければここへは来ない。また逃げれば良いだけだ。だが、そうしないと決めた。

 それをわがままと言うなら、好きなだけ言うが良い」

「……っは。はははっ。開き直りますか、貴方は」

 悪びれもせずに告げた東藤に、墓守は声を上げて笑った。東藤は不快気に眉根を寄せ、墓守を睨みつける。手を軽く上げて詫びを示し、墓守は東藤に向き直った。

「出来ない相談です。貴方がここへ来た理由は、それだったわけですね」

「否と言うなら……」

 静かに告げた墓守に、東藤は目を細める。獲物を駆る前の、獣が狙いを定めるように。

 常人なら竦んでしまうだろうその視線に、しかし墓守は薄ら笑んだだけ。

「私を殺しますか」

「それしか手がないならな」

「なら、東藤さん。貴方と、屋敷にいるでしょう、大迫香澄、彼女が死ねば良い。それで充分鱗は足りる。違いますか」

 睨み続ける東藤に、墓守はまるで世間話でもするかのように――死ねと、そう言った。

 すると東藤は困ったように目を伏せ、息を吐くのと同時に答える。

「違わない」

 墓守は穏やかに笑い、徐に立ち上がって東藤と、自分の湯飲みに白湯を注いだ。

 

「こうなったのも、彼女が選んだ結末。彼女のわがままの代償でもある。放って置けばいいでしょう」

 再び椅子に腰を下ろし、墓守が告げると、東藤は湯飲みを両手で掴んだまま俯いた。

「彼女は、置いていかれるのが嫌だったんだ」

 東藤が呟く。

「そして、置いて行く側になったわけでしょう?」

 息を詰める東藤を、面白そうに墓守は見つめた。

「見つけた瞬間に、大迫香澄も東藤清峰、君も、彼女は殺すべきだったんです。そうすれば、こんなことにはならなかった」

「鱗が魂に癒着して、死ぬ以外返す方法がなくなることか」

「そう。私も君も、そして香澄も、鱗のおかげで永遠を生きることが出来る。しかしその代償に、そうでない近しい人たちから『置いていかれ』、そして【彼女】は鱗を失って『力』を失う」

 一度白湯を口に運び、墓守が東藤を見据える。

「そして鱗を失い続けた彼女は、ただの人間になった。表面上はね」

「気付いた時には赤子だぞ? 信じられなかった」

「そして慌ててここに来たわけですか」

「否。ただの人が、あの屋敷にいるのは毒だと、以前麗花が言っていたからな。赤子は……俺の子孫筋に預けてきた」

「また、無茶をしますね」

「大迫の家は麗花を追っているからな。うちの方がまだましだった」

「成る程。そして、ここ、ですか。短絡的な」

「解っている。しかし、それしか考えられなかった」

 注がれた白湯を飲み干し、東藤は立ち上がる。

「理不尽なことを言ったことは詫びる。

 ……俺も香澄も、麗花と同じだ。置いていかれるのが嫌だから、彼女を追う」

「でしょうね」

「アンタは、どうするんだ? このままここに居るつもりか?」

 コートを調え、小屋を出ようとする東藤が問うと、墓守は笑みを浮かべたまま諾と答える。

「私は、彼女に出会う前から置いて行かれていましたから」

 東藤は一度頷くと、それでも、来たくなったら来いと言い残し小屋を出た。

 墓守は椅子に座ったまま、頷くでもなくそれを見送る。

 

 黒いコートを纏い、しかめっ面をした東藤が、白い息を棚引かせて霊園を出てくる様は、まるで死神か何かに見えた。

 東藤は一度振り返り、深く息を吐く。白い吐息が風に巻かれた。