夢幻編

 夢を見る。

 

 大きな屋敷の、その門前に私は立っている。

 見覚えのない、けれどひどく懐かしいその屋敷の、大きな木の扉を開くと、庭で一組の男女が私を『待って』いる。

 見ず知らずの家に住む、見ず知らずの男女が、私のことを待っている。

 二人は、初め私に気付かず、だから私は少しムッとしながら、大股に二人のほうへ歩む。やがて男の方が私に気づき、そして女もその視線を追ってこちらを振り向く。そうして、二人はわかるかわからないかの微かな笑みを浮かべて――そもそも、なぜそれが笑みだと気付けるのか不思議なくらいで――、そして

「おかえり」

 そう言って私を迎えてくれる。

 

 私にはそれがひどく嬉しくて貴くて、こうして誰かに迎えてもらえることがどんなに幸せかって実感する。噛み締める。飛びついて抱き着きたい衝動に駆られるのをこらえて、私はゆっくり、二人のほうへ歩いていく。

 

 そんな夢を、見る。

 

 

***

 

 

 あの子に、優しさと幸せがあれば良いと思った。

 ずっとずっと孤独だったあの子に、誰かのぬくもりが与えられれば良いと思った。

 特別でもなんでもない、ただただ普通の幸せが、あの子にあれば良いと。

 

 そう願ったはずなのに。

 そう願って、手を放したのに。

 今は、なぜ手を放したのか、と思う。

 あの子の幸せのそばに、自分がいないことがこんなに苦しいなんて思わなかった。

 きっと、自分の『何でもない幸せ』が、あの子のそばだったのだ。けれど、それではあの子の『何でもない幸せ』が、あの子のものにならないのだ。

 

 あの子が幸せならいい。

 けれどあの子の幸せの中に、自分はいない。

 

 ああ、それはなんだか

「さみしい、というんだろうな」

 

 

***

 

 

 どうしたらいいかしら。どうしたらいいかしら。

 こんな孤独に耐えられないわ。どうしたらいいかしら。

 いなくなってしまうなんて考えもしなかったの。だって、彼女は特別だったんだもの。彼女が特別だったんだもの。

 だから私を連れ出してくれたはずなのに。だから私を選んでくれたはずなのに。彼女は私を置いて逝ってしまった。

 

 『あの子』は『彼女』じゃない。

 

 私は『彼女』を取り返したい。居なくなってしまった、私のカミサマ。私の絶対を取り戻したい。

 彼女さえいてくれれば、ほかに私は何もいらなかった。

 彼がここへ来た時も、家族が増えたくらいには思ったけれど、私の絶対が増えたわけじゃなかった。

 

 私の『絶対』は彼女だけなのだ。

 

 どうしたらいいかしら。

 どうしたら、いいのかしら。

 

 

***

 

 

 夢を見る。

 私を待つ人たちの夢。

 何度も何度も夢に見る。

 一組の男女の夢だけれど、二人は夫婦とか恋人には見えない。家族、とも違う感じがする。けれど、私と彼らはきっと『家族』だ。

 とても、とても懐かしい。

 待っていて。もうすぐ行くから。もうすぐ届くから。

 もう少し、だから。

 

 そうして、目覚めてとても悲しくなる。彼らがいないから。彼女が、彼が、いないから。

 

 なのに私は、二人の顔も名前も思い出せなくて、なおさら寂しくなるのだ。我ながら身勝手だと思う。

 あの二人は誰だろう。

 私はいつも、目覚めてから思いをはせる。

 小さいころから何度も見る夢なんて、少しオカルトチックで、ちょっとデンパっぽいけれど。

 それでも、この懐かしさはきっとホンモノなのだ。そう信じたいくらい、胸がきゅっと締め付けられる。待っていてくれると信じたくなる。

 

 両親にも、友だちにも打ち明けていない、私の夢の話。

 いつか現実になるのか私にも分からないけど。

 

 ただ、逢いたいと、思う。