雪道。

 背中のリュックには今日の講習の分の参考書とノートとプリントが入っている。重くは無いが軽くもない。自称進学校というのはこういう時に厄介だと思って、冷えた手に息を吹きかけた。

 私は高校三年生である。私の通う高校は一応地元では名門で通っていて、それなりの進学率を誇っている。校舎の古さも尋常ではなく、床は歩けば軋み、シャーペンを落とせば教室の中ほどまで転がっていくほどに歪んでいる。暖房とかヒーターとか気の利いたものはなく、あるのは組み立て式の石油ストーブだ。冬になると各クラスで組み立てる。煙突を繋いで完成という、なんとも古風なものだ。

 一応名門の高校は、それなりの進学率を誇らねばならないので、それなりに受験生に厳しい。

 冬休みの筈の今も、こうして学校に向かっている私がいい例だ。三年生の登校日は実質二十九日までである。一応、二学期の終業式は二十四日に終了しているはずなのだけれど。センター試験まで後半月あまりともなれば、教師たちも必死なのだろう。志望校のランクや文系理系別に、それぞれ特別講習が組まれている。選択制とは言っても、ほぼ全員の参加が強制される。例外になるのは、高卒で就職をする人々だ。その人数はうちの高校では限られているけれど。

 学校に近付くにつれ、同じような格好の人物がちらほら、同じ方向に向かって歩いていた。見覚えのある顔もいるから、同じ講習を受ける面子なのだろうと知れた。

 

 ――みんなご苦労なこと。

 などと、私は他人事のようにその人々を見た。他人事では無いのは確かなのだけれど、どうにも実感が沸かなかった。実感というものはそう簡単に得られるものでは無いのかもしれない。生きているという実感さえ、生きているにもかかわらず希薄な感じがする。希薄どころか、まったく感じていないかもしれない。認識が存在のすべてだというなら、私は正に存在していないことになるんじゃないだろうか。私が自分自身の存在を実感していないのだから。

 ――馬鹿馬鹿しい。

 私は溜息をついて、前を向き直した。高校の友人はそろって電車通学なので、学校へ着くまで私は一人だ。そんなわけで、私はこんな埒のあかない思考の堂堂巡りを時折登下校の際に行う。暇つぶしには丁度いい。

 程よくその『暇つぶし』に飽きたとき、校舎が見えた。古ぼけて色あせたコンクリートの校舎。

 使い込まれたげた箱にブーツを放り込み、代わりに内履きを履いて校舎に入る。三年の教室は普通教室棟の三階だ。学年が上がるごとに階が上がっていく。最高学年である三年生は、最上階である三階になるのだ。

「おはよう」

 階段の上り口で友達に会う。挨拶をすれば、あちらも同じように

「おはよう」

 と返してくる。どうでもいいような話――昨日のテレビがどうだとか、勉強が嫌だとかその程度のことを話ながら、階段を上っていく。

 三階に着くと、彼女とはクラスが違うのですぐに分かれた。

 教室に入れば、既にストーブには火が入っていて、それなりに暖かだった。ストーブの周りには人だかりが出来ている。

「おはよう」

 人だかりに声をかけると、私に気付いた数人が

「おはよう」

 と同じように返してくる。

 すぐに私は自分の席に荷物とコートを放り、ストーブの人の群れに加わった。

 今日の課題が終わってないとか、この間の模試がまずかったとか、少し勉強の気配は加わっても、話話題はもっぱら、『楽しい』ことばかりだ。あの雑誌がどうとか、あの番組を見たかとか。そのうちに予鈴が鳴って、パラパラと人は席に戻る。

 そうしていると担任がやって来て、教の簡単な予定を話すと、すぐに授業だ。本来は冬休み中なので、出欠は取らない。出欠も取らないのに教室は殆どが埋まっている。真面目なのだか、受験に落ちたくないからなのか――おそらくは後者だろうけれど。

 それから九十分一コマの特別講習が始まって、予備校やら通信教育会社やらが『最新のデータ』を元にして作ったことを売り言葉にするような問題集をひたすら解き続ける。変化と言えば、溶く科目が数学から古典に変わるとか、古典から化学に変わるとかその程度だ。

 よく言えば真面目に。悪く言えばだらだらと。何の変化もなく一日は過ぎていく。

 最後の一コマの終了を告げるチャイムと同時に、みんな待っていたといわんばかりに勢いよく立ち上がり、コートを羽織り、荷物を抱えて、足早に教室から去って行く。

 今日で今年の講習が終わりだからだろう。別れ際、

「良いお年を!」

 などという掛け声がそこかしこで聞こえる。教師たちは「受験生に正月などない」と言いたいのだろう、ごっそりと課題を出してくれているけれども。

 ――つまらない。

 私の、日常への評価はそんなものだ。別に冒険小説かテレビゲームのような、劇的な変化を――異世界に召喚だなんてそれこそ馬鹿馬鹿しい!――望んでいるわけでは無いけれど、それでも何か、自分には何かがあると思ってしまうのだ。自分の為だけの何かが、あって欲しいと。具体的なそれがなんであるのか、私には分からない。だから尚更欲するんだろうとも思う。

 多分に漏れず、私はすぐにコートを着込み、リュックを背負う。友達に

「良いお年を!」

 と声を掛け、教室を出て階段を下りた。

 下駄箱からブーツを引きずり出し、履いていた内履きはリュックの中からビニール袋を取り出して仕舞う。この僅かな休みに持って帰って、洗ってしまわなければならないからだ。

 外は雪が降っている。真っ白でふわふわで、大きな。

 すのこの上でブーツを履き、リュックに内履きを入れたビニール袋を仕舞うと同時に、折りたたみの傘を取り出す。傘を開いて外に出る。

 一面雪景色だった。

 ぼさぼさと降って来る雪は――さらさら細かな雪が輝きながら降ってくるなど幻想だ――止みそうにない。

 私は雪の中へ一歩踏み出した。くしゅっという音がして、雪が固まりながら私の足に合わせた凹みを作る。また一歩。くしゅっと弾力ともいえないような手応えならぬ足応え。

 一歩一歩。

 振り返ると深い足跡が出来ている。

 私は溜息をついてまた歩き出す。雪道を歩くには体力がいる。学校の敷地を出るまでは除雪されていないので、足を思い切り上げて、思い切り下げるを繰り返さなければならない。

 校門を出てしまえば、消雪パイプが溶かし続けたシャーベットの雪が待っている。ぐちゃぐちゃで泥を含んで茶色い雪だ。綺麗などという単語を、その雪は捨ててしまったのだろう。

 振り返ると足跡が続いていた。私のところまで。

 後から後から生徒は校舎から溢れてくる。それぞれ自分で足跡を作る者もいれば、人の足跡を辿っていく者もいる。

 そうして見ていたら、知り合いと目が合って、私は

「良いお年を!」

 と声を上げながら傘を振った。彼女も

「良いお年を!」

 と声を上げて傘を振る。

 明日の朝には、足跡なんて全て消えてしまっているんだろう。真っ白な雪が平面を作るのだ。

 私の足跡も消える。

 実感など、そんなもんなんだろう。

 私は再び家路を歩き出した。

 可愛げの欠片もない実用的なブーツで、シャーベットになった足跡のつかない雪の上をただ、歩いた。